世界大会に参加して
2016年9月14日

大阪代表団結団式で民医連の仲間と
核廃絶への国際社会の流れに逆行原水爆禁止世界大会に参加した「介護支援センターえがお」の澤田孝子さん、「ヘルプステーションえがお」の川上恵子さんの感想を紹介します(編集部)。
「どう引き継いでいくか」を考えていく事の大切さ痛感
澤田孝子
平和公園では、署名活動をしている女子高生、「原爆の子の像」前で海外メデイアがカメラを向けるなか、外国人が次々に平和の鐘を鳴らす姿、原爆死没慰霊碑にも日本人だけでなく外国人が頭を下げている姿がありました。
大会では、祖父の体験を涙声で話すアメリカの青年や、「自分にできる事を繋いでいくために、来年も東京から通し行進をする」と宣言する方など、国内外で運動されている方々や被爆体験者らが切々と平和への願いを訴えられました。
岩国基地視察当日、戦闘機の爆音を聞けませんでしたが、日常、学校では授業の中断もよくあるとのことです。岩国基地と共存し生活している方は10人に1人という現実があり、5月5日は基地見学ができ子ども達に銃を持たすこともあるようです。
平和記念式典当日は、公園内に花屋さんが花を手向ける人のために店を出されていたり、戦没者の供養のためのお茶会をされたり色々なやり方で平和を願う姿を見る事ができました。
戦後71年、広島でも関心が薄くなっていきている中で、どう引き継いでいくかを考えていく事の大切さを痛感しました。広島にオバマ大統領が来たが「たった数分いただけで何がわかるんだ!頭を下げてほしかった」と話す方もおられ、大統領が作った「折り鶴」を見るために多くの人が資料館を訪れているとの話も聞く中で、もっと多くの人が原爆の悲惨さを見てほしいと思いました。
核兵器廃絶へ向け、いま世界は動いている
川上恵子
8月4~6日、広島で開催された「原水爆禁止世界大会」に参加して来ました。駅やホテル・レストラン等、街中に「折り鶴」があふれており、平和を願う広島の方々の熱い思いが伝わってきました。
大会には5千人を超える人が全国から集結。被爆者の方の体験談や各国の海外代表の核兵器全面禁止へ向けた発言や取り組みが紹介されました。
翌日の分科会は岩国米軍基地の見学です。岩国市の市街化区域の1/4もの敷地を占める基地には延々と高い塀が続き、有刺鉄線が張り巡らされており、とても異様な様子でした。
配布された基地の資料を読むと岩国市が基地との共存を歩むようになった背景や、それに反対する地域の方々の闘いの様子がよく理解できました。
6日は平和公園で行われた平和記念式典に参加。早朝から沢山の方が訪れており、式典会場周辺は献花を手にされた方が式典の様子を静かに見守っていました。公園内では記念式典以外の慰霊祭があちこちで行われており、表面に現れていない無念の死を遂げた方々のご供養をされている事を初めて知りました。
3日間を通して核兵器廃絶に向けて世界が動いていることを実感し、「ノーモア広島・ノーモア長崎・ノーモア被爆者」の言葉の重みを改めて考えさせられました。35年ぶりに訪れた広島で忘れる事のできない貴重な時間を過ごすことができました。ありがとうございました。